ストーリーテリングについて語るブログ

「当たり前」の裏側に

先日夏休みでフランスを訪れました。その中で滞在した南仏の小さな村、Eze村での出来事を書きたいと思います。

Eze村は南仏ニースとモナコの中間地点に位置し、標高約400メートルの岩山にあります。この村は中世の面影を残すメルヘンチックな村と地中海を一望に見渡せる風光明媚さが魅力です。実は、私たちはそこに、今からかれこれ20年以上も前、行ったことがありました。ですが、前回滞在した時は生憎、お天気に恵まれなかったのです。そのため、今回の滞在はそのリベンジという目的もありました。地中海を目にされたことのある方は印象に残っていると思うのですが、地中海の海の色は特別です。「碧」という漢字で表現されることが多いように、地中海特有の深い青と透明感を感じさせる、何とも言えない濃い青色なのです。

今回はその村に2つあるホテルの1つに2泊したのですが、そこは岩山のほぼ頂上付近に位置します。村は車の乗り入れが禁止なので、宿泊客は山のふもとで荷物を預けて、そこから「歩いて」400メートルの石畳の道を上がっていかなくてはなりません。もちろん、頂上付近から見る景色は何者にも代えがたいのですが、さりとて、1日何往復もするのは疲れます。そのため、私たちは2泊とも、そのホテルのレストランで夕食を予約をしていました。

1泊目、「今週のメニューは魚料理中心のメインコースとベジタリアンコースの2種類のみ」と聞いており、私たちはメインコースを楽しみました。本格的なフレンチのコースをいただくのは久しぶりでしたが、鮮やかなプレートに乗せられた料理の一つ一つが、まるでアートのよう。一品一品丁寧に内容を説明してくれるサービス責任者の対応も素晴らしく、私たちはだんだん日が落ちて色を変えていく空と海の様子を楽しみながら、ゆったりとした、楽しい時間を過ごしました(特に今回の旅には子供たちがいなかったため、こんな風に夫婦二人でゆっくりフランス料理を楽しむのは本当に久しぶりでした)。

そんな風に最高なディナーだったのですが、翌日、「念のために」と思ってフロントの女性にその日の夕食のメニューを確認したところ、「今日も同じです」との返事が返ってきました。もともと、チェックイン時には「2日間食事をするなら別メニューにしてくれるはずです」と別のフロント係の人から言われていたので安心していたのですが、どうもその話は引き継がれていない模様・・・。

私たちは少しがっかりしましたが、さりとて、ここは小さいとはいえ400メートルの山の上。街に食事に出ても、夜、しかも石畳のこの道を上がってくるのは少々しんどく、避けたいところです(特にお酒を飲んだ後は)。そのため、ダメ元で、「別のメニューを提供してもらえないか」交渉することに。その時はディナーの予約時間の約2時間前。それでも、その彼女は「できるかどうかわからないけれど」という前置き付きで、シェフやサービス担当の責任者に確認してみる、と言ってくれました。

でも、ここは山中の、わずか12室しかない小さなホテルです。シェフもメインとデザート担当の2人だけでしょうし、お料理をサービスする人員も限られています。かつ、今から食材の新たな買い出しは難しいでしょう。私たちは「今から別メニューを用意してもらうのは難しいかもしれないなぁ」と感じていました。そのため、半ば仕方ないけれど、山を下りて近所のレストランに行く、という選択肢も止むを得ないかな、と考えていました。

そうして期待をせずに結果を待っていると、意外にも違うメニューを用意してくれることに!私たちはそれだけでも有難いと思ったのですが、印刷したメニューこそなかったものの、前日と同じように、サービス責任者の男性が最初に一品ずつメニューを提案し、問題ないかどうか確認をしてくれました。そして、お料理を運んでくる際にも、他のお客様に対するのと同様に、私たちの「特別」メニューについても(その日、そのメニューは私たちだけでした)、1品ずつ、丁寧に説明してくれたのです。ほんの1時間ほど前に考えられたメニューにもかかわらず(もちろん、1品1品は過去に提供したことがあるものだった可能性もありますが)。その彼らの「プロ意識」には感動すら覚えました。

彼らにとって、私たちはきっと「面倒くさいお客」だったと思います。だって同じメニューを頼むとか、ベジタリアンメニューを頼む、他に行く、という選択肢もあったのですから。でも、折角なら、違うお食事を楽しみたいと思ったのです。そして「(唯一無二の景色が見られる)この場所」で楽しみたかったのです。だって、ここに次に来られるのは何年後になるかわからないし、もしかしたら二度と来られないかもしれないのですから(何より、前回からあっという間に20年の月日が経っていることに、私たち自身が驚いています)!でも、彼らはそんな私たちを失望させることなく、希望を叶えてくれました。

特に印象的だったのは、サービス責任者の男性でした。まだ30代前半?と思われる若者でしたが、しっかりとしており、レストランのサービス責任者として、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいることが見て取れました。食後、彼に話しかけてみると、彼は地元ニースの出身で、これまで一貫してラグジュアリーホテルのレストラン業界で働いてきたとのこと。

彼にとって今回の職場は3つ目で、その前は同じ山の中にある、もう1つのより大きな規模のホテルで働いていたことを説明してくれました。このホテルはスタッフ数がそのホテルの1/5程度だけれど、その分、スタッフ同士の連携が強く、ここでの仕事を楽しんでいること、レストランの仕事も、毎日シェフと密接にコミュニケーションをとりながら、勉強をしていることを教えてくれました。

特に、このホテルのシェフはサービス担当である彼らにも試食をさせてくれることで、メニューへの理解がより深まっているとのこと。実際、フランス料理のサービスでは、1品1品内容を詳しく説明する必要があり、実際に食べて、味を知っているか否かで説得力も違ってくると思いました。「私たちのチームは小さいけれど、その分一体感があります。前の職場よりも小規模ですが、それが私たちの強みであり、この環境を非常に気に入っています」、そんな話をしてくれる彼の瞳には、真摯に仕事に取り組む情熱と誇りが輝いていました。

彼の言葉を聞きながら、私はあることに気付きました。私たちが「メニューを変えるだけ」と思っていたサービスの背後には、シェフだけでなく、彼やフロント係の女性のような多くのスタッフの、一見目に見えない多くの仕事が隠れています。つまり、私たちの知らないところで、私たちのために一生懸命動いてくれた人たちがいたから、今回のディナーが実現したのですよね。

今回のこのEze村での出来事は、私たちが日常の中で「当たり前」と思って受け取っているサービスやものの背後には、多くの人々の手間ひまや情熱があり、それに感謝することの大切さを教えてくれました。「『当たり前』は、当たり前ではない」とよく言いますが、こういうことなのですね。これからも、一見目に見えないものへ思いを馳せ、感謝することを忘れない人でありたい、改めてそんなことを気付かせてくれた出来事でした。

ちなみに20年前のリベンジ、お天気は…滞在していた3日間、いずれも写真のような真っ青な海と空のハーモニーを楽しむことができました!現地へは飛行機、車、そして山登り、と決して楽に行ける場所ではないかもしれませんが、機会があれば是非足を伸ばしていただきたい場所です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

米・ニューヨーク在住。ストーリーを使った「ストーリートーキングⓇ講座」認定講師。スピーチコミュニティ「伝わる!スピーチ道場」主宰。
こちらのブログでは「ストーリーテリング」、「スピーチ」を中心に、書くことで人の強みを発掘し、話すことで相手の心を掴む話し方、をテーマに書いています。

コメント

コメントする

CAPTCHA